パリかぶれ日記

都内の大学に通う大学生のつぶやきです

パリかぶれ日記 No.6

こんにちは!

 

高校受験が終わりに近づきバイトも少しずつ楽になってきたパリ野郎です。

教え子が私立の高校に合格していき、感動を感じてます。

 

が…

 

友人のある言動がちょっと目障りになってきて、世の中うまくいかないなと思いました。

 

今日はその目障りな言動について…

 

 

 

 

 

自己開示

 

恋人とのキス写真をLINEで送りつけてくる友人Aがいる

そう、赤字で書いた通り、彼氏とのキス写真を送ってくる奴がいる。

f:id:parisyarou:20170215005144j:image

まさしくこんな感じで。

別に、彼氏とキス写真を撮っても犯罪ではありませんし、良い思い出になるだろう。

まあ、筆者はここ数年彼女がいないので妬みといった感情が渦巻きまくが…。

でも、なぜ彼氏とのキス写真を送る必要があるのだろうか…?

 

 

 

 

自己承認欲求の働き

私は、この行動の動機は自己承認欲求が働いていると考える。

プライベートな写真を人に見せる心理

 彼、彼女との交際関係が終わってしまえば、2人の写真を公開していた事実を後悔するかもしれない。たとえクローズドな場に上げたつもりでも、別れた後に勝手に裸の写真を公開されるかもしれない。こうした「リベンジポルノ」は時々話題になるにも関わらず、プライベートな様子を公開するカップルは後を絶たない。

 心理カウンセラーの藤田大介氏によると、不特定多数の人にプライベートを公開することには「承認欲求を満たしたい」という心理が表れているという。

 藤田氏は「人間の根本的な部分には認めてほしいという欲求があります。自己を認めてもらうために、一般的には勉強やスポーツ、仕事に熱意を燃やしたり多くの人々と密な関係を築いたりするものですが、ゆとり世代以降はその傾向が薄い」と指摘する。

 ゆとり世代以降は社会で競争する機会が少なく、またケータイやメールの普及によって対面のコミュニケーションに慣れていないことが多い。面と向かって批判されるなどのリスクは負いたくないが、承認欲求は満たしたいのが若い世代の特徴なのだろうか。

 藤田氏は「アプリという身近な環境と、リアルでないインターネット上という適度な“距離感”が、手軽で気楽に承認欲求を満たす手段としてウケているのでは」と分析する。

引用:

zuuonline.com

 

ここに記されている通り、友人Aには自己承認欲求が働いているのだ。

人間、欲求に勝てないことはたくさんあると思う。

私は友人Aの過去は詳しくはないが、今までに何か不満に感じることがあったのだろう…。

そう、友人Aは何か嫌がらせで筆者に写真を送ってきてはないだ!

そして、筆者は、友人Aの自己承認の犠牲になったのだ。

 

だが、この理由が分かったとしても、不快であるのは以前とは変わりない、、、。

 

 

 

なぜ不快に感じるのか

この自己承認欲求を満たしているのは友人Aのみである。

すると、私の自己承認は満たされるわけがないのである。

これは双方向ではなく、一方通行の欲求であり、他方は興味のない欲求を向けられたところで、特別深く自身の欲望は満たされない。

かえって、自身が「ムダ」と感じるために、この不快感が発生するのだと考えるのだ。

また、SNS上で見られるこの写真の見せあいは、いうならば承認を相互にしているためだろう。そして、当の本人たちは、自身はある種の「喜び」に似た感情で満たされており、他人に対してのアプローチが不完全で終了している。

つまり、相手の気持ちを把握できていないのだ。

その結果、当の本人たちは、写真を見せ、「喜び」に浸り、欲求を満たすマシーンと化す。

そして、見せられる側は、ただ困惑と不快感を感じるという構図が完成すると私は思う

簡単に言うならば、私にメリットはないのである。

 

 

人にされて嫌なことは他人にするなとよく言うが、これは真であろう。

 

私は他人にプライベートな写真を見せない。

そう固く決意した1日だった。