パリかぶれ日記

都内の大学に通う大学生のつぶやきです

パリかぶれ日記 No.2

こんにちは!

最近パリ行きのチケットを取り

ちょっと本格的にパリに行くんだなぁと思ってきたところだ

 

さて、パリに浮かれている時間はありません

実は現在、大学の試験期間真っ只中だ

 

そんな試験?に関係していることで考えてみた

 

なぜ大学生は勉強しないのか?

全国に大学は数多くある

大学全入学時代と言われているだけあり、いまではどんな人も大学生になれる

 

しかし、私個人の主観的観測であるのだが、大学生は勉強していないイメージがある

 

「私は勉強してるよ!」というひとはゴメンナサイ

 

世間一般の人々からみると大学生は

  • 遊んでいる
  • 楽しんでいる
  • 社会人までの猶予期間

というイメージを持つ大人の方に数多く会う

(私がよく社会人と会う機会が多いからかもしれないが…)

 

そこで、なぜこんなイメージを持たれてしまったのか

なぜ大学生は勉強しないのかを考察してみる

 

大学生=飲み会=遊んでいる

このイメージが強いのではないだろうか?

よく大学生による酒の問題がニュースで取り上げられている

(A大学やK大学など…)

 

私としては飲み会大賛成派である

飲み会は楽しいもので、ついこの前まで未成年という大きな壁に阻まれて飲むことができなかったアルコール類を飲むことができるのだ

楽しくないわけがないだろう

例えるなら、ケータイ電話を初めて持った時のわくわく感に近いのかもしれない

 

ただ、問題はこの後にある。。

 

大学生自身が、この型に自らを当てはめにいってるのではないか…?

 

そう、世間一般の人が想像する大学生像というものに自ら寄り添い

そしてそのイメージを体現しているのが問題だと思われる

 

ここで最初の私の疑問とつながる

 

大学生は自ら社会が作り出した大学生像に寄り添い、

そのイメージを助長させているのだ

その結果、そのイメージがまた更なるバズを呼び

そのイメージをまた助長する

 

マーケティング的観点からみると

キャズムを簡単に飛び越え、後期追随者までこのイメージに囚われていると私は感じる

 

 

どうすればいいのか?

良い意味のでの遅滞者になることが望ましいと思う

自分自身はこうであると発信する能力があまり高くない人は

あまり勉強をしないのだろう

アイデンティティの確立をできたか、できていないのかが

この大学生の勉強しないのか問題の岐路になると私は考える

 

最近の量産型大学生を思いながら筆を置く